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対人恐怖症

対人恐怖症というと、他人に恐怖をかんじるというのは誤解であるような記述を見つけた。○○恐怖症といえば、○○を恐ろしく感じるという認識が一般的ではなかろうか。

例えばヤクザは誰でも怖い。上司や教師、先輩が怖い人もいるかもしれない。しかし上司恐怖症、教師恐怖症、先輩恐怖症というのは聞いたことがない。というのもそもそも概念が間違っていたようだ。

例えば対人恐怖症というのは、人が怖いという外部への恐怖ではなく、人に嫌われるかも、人から卑下されるかも、迷惑なんじゃなかろうか、きっと中傷、軽蔑の念を抱かれているに違いないという自立的な問題だというのだ。

そうすると臆病というのは間違いで、人に対して気遣いをし過ぎている、言い換えれば優し過ぎる人たちなのではなかろうか。そうであればそういう人たちが攻撃されたり社会的に低く見られることは違和感を感じる。
と同時に対人恐怖症を克服するというのにも違和感を感じる。他の人と比較して欠陥があったり克服すべき対象があるとはいえないからである。

Filed by noronaro at 9月 24th, 2009 under 病気・医療 and tagged



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